救急絆創膏や消毒薬といった外用薬を中心に化粧品・医薬品の製造・販売のリバテープ製薬株式会社

リバテープ製薬とは

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  • 経営理念
  • 商品への思い
  • 沿革&概要
  • 採用情報

リバテープ製薬のあゆみ:日本で最初に救急絆創膏を。創業以来、人々の安全を守る商品作りを続けています。

創業のきっかけは西南戦争でした

リバテープ製薬の本社は「田原坂古戦場」にほど近い熊本県植木町にあり、会社の歴史は九州史上最大の内戦「西南戦争」にまで遡ります。

1877年(明治10年)春。激戦地となった田原坂では多くの死傷者がでました。その時、周辺民家に担ぎ込まれた負傷者を官軍賊軍の区別なく介護しました。そのお手伝いをしていた中に、地元の名家「星子家」がありました。ある日、薩摩軍の軍医[有馬 某]が重傷を負って担ぎ込まれた時「自分はこの地に果てる。ついてはこれから述べる薬を調合練製して、傷ついた兵士にぜひ役立てて欲しい・・・。」と星子亀次郎少年に薩摩軍秘伝の膏薬の調合方法を伝え息絶えしました。亀次郎少年は約束通り、伝え聞いた製法に基づき膏薬製造を開始し「ほねつぎ膏」として普及していきました。

これがリバテープのルーツで、この明治11年を創業年にしております。

リバテープのルーツになった「ほねつぎ膏」(昭和40年頃まで市販されていた)

星子旭光堂からリバテープ製薬へ

その後、亀次郎は複数内服薬・外用薬を製造販売し、1902年(明治35年)屋号を「星子旭光堂」と定めました。亀次郎は今で言うパンフレットを木版で作り、その販路を海外まで広げ現在の基礎を築きました。

その後、第二次世界大戦終了直前の1945年(昭和20年)亀次郎が死去し、戦後の混乱もあって膏薬の販売が伸び悩み苦しい経営を強いられました。 3代目の義法は戦時中、薬剤武官を務めており、傷口を保護しつつ消毒し、且簡単に剥がせる膏薬の技術を基礎として、戦後アメリカ軍が使用していた救急用の包帯をヒントに研究を重ね、1950年後半フィルム上にガーゼを載せた救急絆創膏を開発いたしました。当時の日本はまだ貧しかった為、高い便利性にもかかわらず、なかなか普及しませんでした。

1960年(昭和35年)から「リバテープ」の商品名で販売を開始しました。この名称の由来は、現在も使用されている消毒薬「アクリノール」を製薬大手の三共が「リバノール」の商標名で販売したものを星子旭光堂が買取り、「リバノール」を付けたテープ⇒「リバテープ」として製造販売を始めました。 高度成長と共に九州から全国へ「リバテープ」は広がり、全国的に高い信頼を得たことから1967年(昭和42年)に社名を合資会社リバテープに改称し、さらに1972年(昭和47年)に現在のリバテープ製薬株式会社に改称いたしました。

画像:星子亀二郎像

画像:初代リバテープのパッケージ

地場資源を活かす研究開発型企業へ

現在では、地元の研究施設、大学研究機関と知的ネットワークを建築して、救急絆創膏だけでなく、医科・医療向け商品の開発を行い、海外への輸出も行っています。

また、家庭向けには「いつまでも若くてきれい」をコンセプトにオリジナル基礎化粧品や健康食品の開発・販売を行っています。